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    卒業40周年の集い  2010年7月3日開催

    卒業40周年の集いがハーネル仙台にて開催されました。
    様子を文章記録に残したいので参加された方に書いていただきました。
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    横の会 卒業40周年の集い    投稿: 五代儀 嘉久 氏

    みんな集まるとこんなに楽しく、飲んで、さわぎ、歌えるのだ。
    ということにいまさらのように気づかされ、すごく興奮もし、
    簡単に使いたくない言葉だけど『感動・しました』
    よく考えると、自分は鷹巣町から越境入学したので、知ってる人は 数人だけ、それも同じく入学した沢口君とか鈴木君とか。
    それが、そうじゃないみんなと昔から馴染みみたいに笑顔の交換ができることは ちょっと驚きました。自分の隠れた才能だったのか(いえいえソーデハアリマセヌ) みんなが心優しいのか(まードッチデモイイカ)
    同じ仙台支部の中山先輩(通称ヒデさん)、この場をお借りしてごめんなさいです。
    いつも、怖い人のような紹介をして、イジッて、、、、、
    でもみんながいっぱい笑ってくれるので、ついまたやってしまいます。
     知っているんですよ。うすうす。 ヒデさんは、心やさしく・まじめで・仕事熱心で・筋を通したい人なのだと。
     ぃやー、それにしても3次会のカラオケのレベルは相当高かったですな。
    田原君とおそらく初めて話しましたが、すごい奴だな、多才で。
    このつぎも仙台支部会に、是非、自腹で来てほしい。
     仙台支部の次回は『きりたんぽ会』にしようと、いまから提案します。
     反対はないですよねっ!
     たのしかったタノシカッタ楽しかったョーーっっとぉー!!!

     五代儀の取った写真がいっぱいありますが、どうしていいかわからないので
     斎藤君におねがいします。みなさん、みてねー。



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    横の会 卒業40周年の集い    投稿: 吉田 総耕 氏

    いやはや何とも、盛会でした。
    40周年の大事な会合が何故、仙台なのか、
    半信半疑で始まった仙台大会、走り出したら
    仙台支部全員の協力を得て
    かくも無事に、かくも成功裏に終えた事、
    感謝しつつ、報告します。
    多くの感想が寄せられているので、
    もうほとんど書く事はありませんが。

    参加者は、遠くは沖縄から飛行機で、
    秋田からは秋田在住なのに
    初めての「横の会」参加を仙台で果たした人も、
    東京はもちろん、栃木、山形からも、
    唯一の恩師・小川先生(英語担当・仙台在住)もお見えになり、
    全部で52名。

    「すずめ踊り」のアトラクションは
    踊り指導にも積極的な参加が見られ
    「仙台大会らしさ」を演出できたようです。
    盆踊りを禁止された仙台藩で、
    伝承されていたお座敷芸が復活し、
    今、老若男女、踊っています。
    田原清彦氏のクラリネット演奏もよかったですよ。
    「お持ち帰りプロジェクト」は
    紙袋からはみ出る大きな協賛もあって、
    「お荷物プロジェクト」(笑)だとの噂も。
    目玉の、仙台老舗の「石橋屋」の
    駄菓子の味は、どうでしたか。

    あっと言う間の2時間半が過ぎて、
    ほとんどの参加者は二次会へ。
    当然?台の飲み屋街・国分町で。
    一次会の席順は3年の時のクラス別になっていましたが
    今度は、めいめい勝手に好きな仲間と。
    在学時にはまったく話もした事の無い学友と
    何だか話ができたり、
    あんなに一緒に過ごしていた学友の事を
    案外知らなかったんだと今になってわかったり。
    いろいろ、様々あったようで、よかった。

    三次会は、3、4グループに分かれて
    行ったようです。
    四次会は、もう把握していません。
    初夏の仙台の夜を満喫できましたか。
    またいつか、お会いしましょう。

    大会の裏話は、また
    柴田氏、池添氏、中山氏、斎藤氏から
    ぜひ、寄せて欲しい。
    金曜日の8時過ぎの、あの幹事会の、
    ファミレスのメニューについてだとか。
    よろしく。



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    横の会 卒業40周年の集い    投稿: 柴田 哲也 氏

    文才のない柴田ですが、幹事会の様子など時系列で披露します。

    仙台支部発足の経緯
    2007年11月に久しぶりに開催された「秋田高校同窓会仙台支部総会」。
    同期で参加したのが、池添 弘君(3H)・伊藤 努君(3D)・斉藤 隆夫君(3H)・ 吉田 総耕君(3H)・柴田 哲也(3H)の面々。
    話が盛り上がり、斉藤 隆夫君が『ここで「横の会 仙台支部」を立ち上げよう。一番恰幅(腹の出ている)のいい柴田が支部長だ』と提案、立ち上げを決定。
    (柴田の腹の内「ま~そんなに活発になることも無ぇ~だろうからこれでいいか」)
    もう一方 宇佐美 均君が、秋田と東京の往き来の間に 仙台在住の五代儀 嘉久君・中山 英俊さん(やっぱり さん付けだ)に「40周年記念」をどうしても仙台で開催と、けしかけ(?)別途、横の会を立ち上げていた。
    翌年 やはり宇佐美君から招集がかかり、宇佐美 均君・五代儀 嘉久君・中山 英俊さん・池添 弘君・柴田 哲也 5名で酒を飲みながら合併調印式。
    これで正式に「横の会仙台支部」が発足したわけです。(現在 総勢26名)
    その後 「第一回総会」「いも煮会」「第二回総会」を開催し、現在に至っています。

    幹事紹介 
    ( ) 内「40周年の集い」の担当(これ以降名前と敬称を省略 中山さんは英さん)
    柴田 (会場手配と出欠の集計・HPを通じ秋田事務局とのやりとり)
    池添 (案内状の発送と式次第作成・会計 一番大変だったと思う)
    英さん(お持ち帰りプロジェクト・ゴルフコンペ幹事)
    総耕 (お持ち帰りプロジェクト・広報)・山内さん(旧姓京極さん)の支援有り
    斉藤 (秋田のちょびさんとの連絡・二次会会場・カメラ)
    五代儀(二次会司会・各担当支援)
    伊藤 (奥山仙台市長との連絡係)

    長々と書いたけど、ここからが本題

    3月頃
    ◎宇佐美から電話その1
    『「卒業40周年の集い」を仙台でやりたいのでまとめてくれ』との連絡 
    どうしようかと悩みながらも、池添と斉藤に連絡をとり幹事会を招集。
    ◎ 宇佐美から電話その2
    「東京の幹事会の席で仙台開催を依頼することに決定 いつ頃が良いのかなかなか決まらないので7月3日(宇佐美の誕生日・翌日がJR大人の休日クラブの最終日?)に決めた。」とのこと




    1.3月某日 幹事会 (英さん・五代儀・総耕・斉藤・池添・柴田)
    案の定 
    「何で仙台なんだ」
    「秋田と調整は取ってあるのか」
    「どうやってみんなに連絡を取るんだ」
    「東京から押しつけられた」
    などと意見が続出 (宇佐美には、何とか調整すると答えてあったので柴田は冷や汗もの)

    ここで英さんの鶴の一声「まず、開催することに決定するべ!! みんなでやれば何とかなる」
    (柴田 一安心)

    2.4月某日 幹事会
    各自の役割分担決定  前述を参照
    次回は各自がイベントの企画を持ち寄り検討することに
    池添は案内状の原案を作成 斉藤は会員の住所を秋田事務局から入手

    ここで一服
    打合せ会場の紹介

    会場は斉藤の歯科医院のそば「BigBoy」で、仕事が終わった20:00から
    10~20代の若い連中がダベッている片隅で、むさ苦しい親父連が5~6人酒を飲まずに秋田弁で大きな声を張り上げている姿を想像してください。(異様な光景だぞ!?)
    酒を飲めるのは池添に送ってもらえる斉藤だけ(診療の疲れか、かなり赤くなる)
    後は全員ハンバーグをつまみ(?)にノンアルコールビールかドリンクバー
    ここで2週間に1回くらいのペースで開催
    英さん 全幹事会出席 国分町で商談(?)の後 ちょっと赤い顔をしてタクシーで乗り付けてくれました。


    ◎秋田の伊藤雅樹君から連絡
     『秋田の幹事会を開催する。「仙台で開催する理由がわからない」との意見がある。』
     とのこと。少しでも多くの参加を募るには大所帯の秋田の参加が不可欠
     「え~い 面倒だ 直接説明に行くべ~」と池添と合意
     「勝手に決めて」とごしゃがれっかと思ったら、みんなから暖かく迎えていただき、 おかげでおいしいお酒を飲むことができました。
    そこで、全てを宇佐美のせいにして
     「ぜひみんなを誘って多くの参加をお願いしたい」と懇願。
     翌日は大仙市の武田隆市議(3I)を訪問し、帰仙
    ◎突然 斉藤からの電話(集いの三週間前)
     「予定していた二次会の会場がとれない。何とかならないか」と突然の電話
     当日は友引で、本会場もそうでしたが結婚式が多く、会場の確保にかなり苦労していた。
     おいおい……
     今度は柴田の次女に「どっか知らねぇ?」
    (彼女は結構友達と遊んでいるので仙台の飲み屋・レストランには明るい。)
     一発で今回のイタリアンレストラン「ミラクル」に連絡
     40人の大人数でそれも年寄りばっかりだから半信半疑
     「いろんな年齢の方がいらっしゃいますので、大丈夫です。人数も金額も二次会と言うことで考慮いたします。」  一安心  一件落着

    3.5月初旬 案内状発送

    4.5月某日 幹事会
    英さん 宇佐美と打合せの上、ゴルフパック手配 5組(こんなに集まるかな)
    総耕と英さんの提案で仙台の名産をお土産としてお持ち帰りいただくことを決定
    お土産は 硬くて年寄り向きじゃないけど「石橋屋の駄菓子」(仙台の老舗)
    極力 軟らかいのを選ぼうかとの意見も
    総耕より「お持ち帰りプロジェクト」提案
    英さん 大賛成  業者の集まり等でよく採用されているとのこと。
    ちょうど仙台の「青葉祭り」が終わったところだったので、柴田が「すずめ踊り」をみんなに披露したいと提案(賛成は得たもののこれが大誤算 演舞グループを探すのに一苦労)

    またまた一服
    「すずめ踊り」の演舞グループ
    柴田のいとこが昔「すずめ踊り」のグループに入っていたのを記憶していたので、これに頼めば何とかなると安易に考えて娘を通じて頼んでおいた。
    6月に入ってもなかなか連絡がないので直接電話をしたところ
    「素子ちゃん(柴田の長女)に、やんわりとお断りしたはず。」とのこと(ヤベー)
    もう50歳を過ぎたのでグループは解散していた。
    慌ててグループをネットで検索(可否の最終連絡日を6月20日で申し込み)
    ところがどっこい20日になってもいっこうに連絡が無し。
    6月24日の幹事会で池添に「グループが見つからないのであきらめてくれ。寂しい集いになりそうだ」と相談。
    ジャジャーン 捨てる神あれば拾う神あり 家に帰ったらメールが入ってた。
    「仙台紅雀」さんが披露してくれるとのこと(やったー)
    早速翌日世話役にTEL
    「おば連で若い子がいないのですが大丈夫ですか」
    「いやいやこっちも58~60のジジイと年をとったお嬢さん(?)たちなので大丈夫。是非お願いします。」   これも一件落着
    5.6月某日 幹事会最終打合せ
    「お持ち帰りプロジェクト」の品物持参 総耕から披露
    英さん全員にマットを提供
    今度はこのマットが「石橋屋」の袋に入るかどうかと全員で心配になったので総耕が入れて見ることに(無事に収まった)
    垂れ幕・横の会の旗
    当初 垂れ幕は以前作った仙台支部のものを使おうかと話し合っていたのですが、さすがJAプリントの大幹部 池添が「やってみる」と宣言 あんな立派なのが完成
    会の旗も斉藤が知り合いに頼んでつくってもらおうと提案していたものの、費用が心配になりこれも池添におんぶ。ちょっと小さいけど立派なのが完成。
    費用は会計池添なので何とか捻出したと思う。(ほんとか!?)

    6.6月29日 池添と会場打合せ(会場打合せ2回目)
    ハーネル仙台で当日の式次第に併せて打合せ
    CDプレーヤーの手配・マイク・「仙台紅雀」の控え室・演舞空間の確保・テーブルの配置
    記念撮影の段取り・等々いろいろあったわ
    次いで二次会会場「ミラクル」へ
    徒歩で何分必要だとか 会場の広さとか ここはこれくらい。
    とりあえず何とかまとまりそうだったので、二人で反省会
    仙台駅前の「牛タンの利久」で生ウニと牛タンで乾杯
    (実は池添の息子が働いている)
    「もう大丈夫だよな」と二人で自己満足
    結局大ジョッキ3杯・中ジョッキ3杯  牛タン3人前・ガゼウニとバフンウニセット
    それと店長からの差入れサラダ?
    しめて 1万ウン千円  とりあえず段取りはついたと言う安心感でおいしい酒でした。


    ◎ホテル予約
     ホテルは「楽天トラベル」で予約
     集計によれば、19名
     その後21名になったり、22名になったり、当日には1人追加で「集い」中に一人減
     当日キャンセルは100%負担なのでドキドキ
     結局 池添を宿泊させて 人数確保


    こんな訳で当日を迎えることができました。
    後は皆さんがご存じの通りです。
    参加できなかった方はHPの動画や静止画 総耕や五代儀の投稿をごらんになっていろいろ想像してください。

    あーあ 思い出して書くの疲れた。
    こうやっていろいろ勝手なことを書けるのも多くの方々に参加していただき無事に終了できたこと、そして残念ながら参加できなかった方々からの暖かい励ましのメッセージがあったからこそと感謝しております。
    これが、不評だったらどうなっていたことかゾーとします。
    今でも無事に終えることができた安堵感と、勝手な自己満足感に酔いしれている柴田です。
    本当にありがとうございました。
    平成22年 7月12日
    仙台横の会 柴田
    池添


    ※ 忘れてた。
    女性+5名限定のキノコは柴田の娘の旦那が勤めているキノコ栽培会社の研究用農園からです。無農薬栽培(本当か)ですので、おいしいョ(腹をこわした人いないよね)

    あゆみちゃん(池添の娘 ビデオ撮影)よくやってくれた。
    当初 柴田の娘の旦那に頼んでいたのですが、急遽 仕事ができたとのことで……
    (秋高のそうそうたるメンバーに恐れをなしたか!?)
    ビデオ とっても良くできてました。ありがとうございました。

    そして今後の予定
    幹事 反省会
    仙台横の会「納涼ビアパーティー」 仙台三越屋上
    (八巻 龍一君が画廊に勤務 今回のお土産も八巻君の手配)
    秋はきりたんぽ会(イモ煮もやるぞ 山形の船山さんおいしい牛肉よろしく)
    来年の2月総会
    皆さん 参加者募集しますよ。(その都度HPをご覧ください。)



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    横の会 卒業40周年の集い (続き)    投稿: 柴田 哲也 氏

    ちょびさん、えり子さん 熱烈支援ありがとう

    一連の行事を終えてみんなから「おかげで楽しかった」「仙台横の会よくやった」とお褒めの言葉をいただき有頂天になり、今度はDVDの表紙を作るためにHPを見ていたら
    「ふっ」と脳裏を横切ったのが
    「何で三つの地域に分かれている会がこんなにうまく連携をとれたんだろう!?」って

    そうなんです。横の会のML(メーリングリスト)、HPそしてBBS(幹事専用会議室)なんです。つまりネットです。
    幹事同士のやりとりもネットがあったからこそで
    BBSでは準備期間中に400件以上のやりとりがあったそうです。
    そのほとんどが、ちょびさん(山本裕子さん)と柴田の間で行われていたとのこと。(そういえば会社でも毎日BBSとにらめっこだった)

    それぞれの幹事もがんばったけれど、ML・HP・BBSの管理者としていろんな資料や集計表を作成してくれた ちょびさん、そして各幹事間をとりもち、時には励まし、時には慰め、時には思いっきり尻をたたいてくれた えり子さん、お二人の熱烈な支援があったからこそ三地区の横の会が一つにまとまることができたと確信しております。

    五代儀じゃないけれど 本当に 感謝・感謝・感謝です。
    「集い」の中ではできなかったけど、お二人にみんなで拍手を送ろうではありませんか。


    ********************

    【註】幹事専用会議室について
    横の会では各幹事間で連携が取りやすいように幹事専用のBBSを設置しております。
    遠隔地間等での打合せ、あるいは多忙な方が幹事の作業をされる場合など、いつでもご利用いただけます。
    必要な方は各地域の幹事宛ご利用方法をお問合せください。



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